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最高裁判所第二小法廷 昭和22年(れ)340号 判決

主文

本件各上告を棄却する。

理由

被告人遠藤政一の辯護人田中秀次の上告趣意書第一點は「原判決は擬律錯誤の違法なる判決なり原判決は「被告人等は共同して昭和二十二年七月二十七日午前一時三十分頃鳥取縣灘手村大字谷百七十番地明里朋蔵方養蠶室内で馬鈴薯等を窃取することを企て被告人山田政夫は右養蠶室表入口で見張り被告人遠藤政一同松川春夫は右養蠶室に侵入し被告人は馬鈴薯に近寄らんとした時警戒中の警察官及部落民に発見せられた爲め窃取の目的を遂げなかった」事実を確定したが該事実に對し住居侵入と窃盗未遂を以て處斷したのである然れども被告人が相被告人等と右養蠶室に侵入するに至った動機は平素被告人等は常に其行を共にし非常に懇親の間柄であって偶々犯行日時頃三人相會し村芝居見物に行ったが既に終わって居たので空しく歸るも所在がない處から今日尚農村青年の間に残って居る悪習と闇夜の悪戯心に誘惑せられて豫て被告人松川春夫が明里朋蔵方に密造酒のある事を知って居たので之を盗飮せんとして右養蠶室に侵入した偶発的犯罪である事は原審公判で被告人が供述した通りである原判決は侵入の目的が馬鈴薯窃取に在った樣に謂ふけれども被告人は農家で馬鈴薯は腐る程有るから此等客觀的事実から見て馬鈴薯を窃取したと謂ふのは牽強附會であらうだから被告人等は密造して居るであらうと思はれる前記養蠶室入口に近づいたが施錠がしてあったので外部から窺ひ次で屋根から内部に這入り直に内部から入口戸を開かうとした處外に警察官や部落民が迫って居たので二階に上り屋根に出て逃避しようとした事が本件の真相である將して然らば被告人は密造酒を窃取する意思のあった事其目的を遂げる爲右養蠶室に侵入した事は何れも爭ひない事実であるけれども被告人が窃盗行爲に着手する寸前に発覺しまだ窃盗行爲に着手するに至ってゐない凡そ窃盗とは領得の意思を以て他人の財物の上に不正な支配的実力を行使することであるから犯人が家宅に侵入した丈けでまだ何物の上にも実力的支配をしなければ窃盗着手とは謂へない本件は被告人が右養蠶室に侵入した許りで未だ窃盗行爲に移行する餘裕のない裡に発覺して仕舞ったのであるから窃盗行爲は構成する暇がなかったのである況んや被告人の目的は密造酒の窃盗に在ったから密造酒以外の物が何程あらうとも夫等の物を窃取する意思はないから密造酒が同所に無い限り他人の財物に對する不正支配が起らないので本件は寧ろ不能犯である或は窃盗犯人が財物窃取の目的で家宅に侵入すれば侵入行爲夫れ自體で窃盗の着手にもなると謂ふ者があるかも知れないが斯様な場合は犯人が何にかにを問はず手當り次第其場所に在る他人の財物を盗取する目的を有し又之を実行するからであって本件の様に目的物を特定した場合は其の特定物に実力を及ぼさなければ窃盗の着手とは謂へないし又其處に其特定物が無ければ窃盗は遂に不能に終らざるを得ないから不能犯であると謂ふべきであらう然るに原判決が被告人の前記所爲を窃盗未遂として處斷したのは擬律錯誤の違法を犯したもので破毀を免れない」というのである。

しかし、原判決の認定するところによれば、被告人等は、共謀の上馬鈴薯その他食料品を窃取しようと企て、明里朋藏方養蠶室に侵入し、懐中電灯を利用して、食料品等を物色中、警察官等に発見せられて、その目的を遂げなかったというのであって、被告人等は、窃盗の目的で他人の屋内に侵入し、財物を物色したというのであるから、このとき既に、窃盗の着手があったとみるのは當然である。從って、如上判示の事実をもって、住居侵入、窃盗未遂の罪にあたると判斷した原判決は正當である。

論旨は、原審の専權に属する事実の認定を非難するか、若しくは、原審の認定していない事実を前提として原審の判斷を攻撃し、本件窃盗は、未だ着手に至らなかったと主張するもので、上告の理由として採用することはできぬ。尚、辯護人の不能犯に關する主張も、被告人等の本件住居の侵入は、密造酒を盗む目的であったということを前提とするものであるが、かゝる目的で住居に侵入したということは、原審の認定しないところである。結局原審の事実認定を非難するか、または、原審の認定しない事実に立脚しての主張であるから、これまた採用に値しない。論旨は理由がない。

同第二點は「原判決は被告人が法定の除外事由がないのに刄渡十六糎五粍の匕首一本を所持した事実を確定し銃砲等禁止令違反罪として處斷した然し被告人は左官職であるから日常竹類の裁斷に使用して居た職業用具であって他の職業用の刄物と何等異なるものでないから單に其形状や寸尺だけで右禁止令に該當するものであると斷定してはいけない然るに原判決が右匕首の日常用途を無視して右禁止令に違反するものとしたのは前記法條の精神趣旨を誤解したもので結局原判決は此點に於て亦擬律錯誤の違法を犯したもので破毀を免れない」というのである。

しかし、所論の匕首が、刄渡約十六糎餘あることは、原判決の確定するところであるから、この匕首が銃砲等所持禁止令第一條、同施行規則第一條に照し同令第一條にいう刀劍に該當することは疑ない。從ってかりに、辯護人の主張するように、この匕首は左官職である被告人の職業用具であるとしても、左官職の職業用具であるというだけの理由では、同令第一條の除外例とならぬことは、同條において、特に狩獵を業とするものが、その業務の用に供するものについて地方長官の許可を受けた場合にのみ除外例をもうけ、他の業者の營業用具について、何ら規定するところのない法意から推してあきらかである。もとより、被告人が本件匕首の所持について、適法に地方長官の許可を受けたという事実は、辯護人も主張せず、原審も認定しないところである。原審が被告人の本件匕首の所持を同令第一條違反の罪にあたると判斷したのは正當であって、論旨は理由がない。(その他の上告論旨及び判決理由は省略する。)

よって、刑事訴訟法第四百四十六條を適用し、主文の通り判決する。

右は裁判官全員の一致した意見である。

(裁判長裁判官 塚崎直義 裁判官 霜山精一 裁判官 栗山茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎)

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